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東京高等裁判所 昭和47年(く)131号 決定 1972年8月30日

少年 N・M(昭二八・八・一一生)

主文

原決定を取消す。

本件を静岡家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の理由は抗告状に記載されたとおりであつて、原決定には重大な事実の誤認があり、また本件処分は著しく不当であるというにある。

よつて本件少年保護事件記録及び少年調査記録を検討するに、本件非行事実は、原決定記載のとおり、少年は(一) A、Bと共謀のうえ、昭和四十七年五月十九日午後十時三十分頃顔見知りの静岡市○×××番地の×大工見習○部○久(十九歳)方裏路上に於て、同人に対し返還する意思が無いのに有るように装い「車を貸してくれ、明日返す」と虚言を申し向け、その旨同人を誤信させ、その場で同人から寸借名下に同人所有の軽四輪乗用車一台外三点時価合計二十二万千五百円相当の交付を受けてこれを騙取し、(二) 右A及びBと共謀のうえ、同年五月十七日午後十時頃から同月二十四日午前四時五分頃迄の七日間に亘り正当な理由も無いのに、保護者の委託を受けず、又その承諾を得ないで、静岡市○○×××番地の×私立○○学園高等学校二年生○松○子(昭和三十年五月十六日生)が満十八歳に達しない少年であることを知りながら、同女を乗用自動車に乗せて静岡市内等を連れ歩き、以て深夜に同行して外出した、というものであつて、右各事実は一件記録中の○末○奈○、○松○子、B(謄本)A、少年本人の各司法警察員に対する各供述調書、A、B(謄本)、少年本人の検察官に対する各供述調書の記載を総合して考察すれば優にこれを認めることができる。

所論は、原決定中詐欺の点につき、少年はA及びBと犯行を共謀したことはなく、同人らが○部○久からその所有に係る前記車両を借り受けて来たものと思い込んで居たもので、犯罪であることは同人らから右犯行後これを聞知したに過ぎず、従つて原決定が該事実につき少年を共犯者なりと認定したのは重大な事実の誤認であると主張するけれども、前記各証拠に依れば、少年は昭和四十七年五月十七日午後八時三十分頃静岡市内に於て自己の乗用車を運転中に交通事故を惹起して逃走したものであるが、自己の該犯行が発覚することを危惧し、他人から車両を騙取してこれを自己の車両に代えて運行しようと企面するに至り、ここに右A及Bと共謀のうえ前記(一)の詐欺を敢行するに至つたものであることが認められる。所論は少年の詐欺の犯意を否定するけれども、少年は本件で逮捕されて以来一貫して右詐欺の事実を認めており(少年の昭和四十七年五月二十四日付弁解録取書、勾留質問調書中の各記載)、特にその犯意を有していたことについては少年の昭和四十七年五月二十五日付司法警察員に対する供述調書第三項、第四項、同年同月二十九日付同供述調書中の各記載によつて明白であるから、原決定には所論の如き事実誤認の廉はない。

また、所論は原決定中静岡県青少年のための良好な環境整備に関する条例違反の事実について、少年はAの同伴していた○松○子は右Aの依頼により自己の乗用車に同乗させてこれを運転したに過ぎず、少年には右条例にいわゆる保護者の委託又は承諾は受けることなく、正当の事由もなく同女を連れ歩いたという事実の認識は全く無く、少年に右条例違反の非行があつたと認定した原決定はこの点において重大な事実の誤認があると主張するけれども、一件記録及び当審における事実取調(○松○子及び少年本人各尋問)の結果に依れば、少年は当時家出中で、同じく家出したAと○松○子に会い、同人らが家に帰らず遊び歩くものであることを認識しながら、自分も亦同人らと行を共にする意思の下に、同女を自己運転に係る乗用自動車に乗せて静岡市内等を連れ歩き、深夜に同女を同行外出したものであることは明白であつて、少年が右同条例の禁止規定を知らなかつたからといつて、該規定の禁止行為に反する意思が無かつたものと為し得ないことは、刑法第三十八条第三項の明らかに定めるところである。所論も理由がない。

次に所論は原決定の処分が著しく不当であると主張するのでこの点について接ずるに、本件非行事実は原決定記載のとおり他の少年二名と共謀のうえ他人の財物を騙取したこと及び深夜青少年を保護者の承諾も正当な事由もなく連れ歩いたという事実で、その態様、罪質共に極めて軽からざるものがあり、他面少年の家庭環境も中流のいわゆる健全な家庭ではあるが、両親の少年に対する監督に不行届の点があつたことに鑑みれば、本件非行を契機としてこの際何等かの保護処分を加える必要のあることは充分に認め得るところであり、原審がその認定説示する少年の成育過程、家庭環境、少年の性格、素行、交友関係とこれに由来する前記非行に照し、いわゆる在宅保護の処分を以てしては到底少年の健全な改善育成を達し得ないものと判断し、少年に対し中等少年院送致の保護処分に出たことは一応首肯し得られないわけではない。

しかしなながら、本件各記録上明らかなように少年は過去において保護処分を未だ一回も受けたことがなく、その資質、性格も必ずしも自主的矯正の望みが全く無いものとは認められず、当裁判所における事実取調の結果に依れば、原決定後において少年の父親は従来の少年に対する監督不行届を深く反省悔悟し、少年をして従来の不良交友関係から断絶せしめ、厳重な指導監督の下に家業の農耕に専念せしめて、その性格の矯正に努力すべき旨を誓約し居り、少年自身も亦衷心より過去の非行を悔い改め、家業に従事して立直るべき決意を有することが認められる。

叙上の如き諸事情を勘案し、今や少年再起の重大な転機となりつつある現状に鑑みるときは、この際少年を少年院に送致するよりは寧ろ在宅保護によりその健全な教化育成を期することを相当とすべき余地がないとは断じ難いので、この点について更に審理を尽す要ありと思料される。されば原審の処分は結局においく失当に帰するというのほかなく、本件抗告は理由がある。

よつて少年法第三十三条第二項、少年審判規則第五十条により原決定を取り消し、本件を原裁判所に差しすこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 八島三郎 判事 沼尻芳孝 中村憲一郎)

参考二 原決定の少年調査表<省略>

参考三 昭四七・七・六付法定代理人親権者父申立の抗告理由

抗告の理由

第一 原決定には重大な事実の誤認がある。

第二 同決定はその処分が著しく不当である。

即ち第一の点について

原決定が認定した本少年の非行は

(一) 静岡県青少年のための良好な環境整備に関する条例第一六条の二第二一条にあたる所為

(二) 同法第二五四条第一項の詐欺にあたる所為等である。

(一)の点については、元来本少年は○松○子とはかつて面識もなく、共犯者と目せられるAの少年間に所謂「彼の女」(本件非行中即ち五月一八日及び一九日の夜、清水市カーテル山海において右両名は同衾して居る。本少年の昭和四七年五月三〇日付警察吏に対する供述調書参照)であり、右AとBの両名が同月一七日に女の学校の帰途をようし、これを誘うて附近のオデン屋へ行き、同女と相談の上、その学校制服をAのセーターとBのジーパンに着更えさせ、A運転のオートバイに同乗させ、国道一号線を疾走中偶然自己の乗用車を運転する本少年と出会い、巴川河原において本少年は自己の乗用車を同所に停め置き、A・B等に預け右オートバイを借り受け、静岡市内を運転し廻つて後、前記河原に戻つたが、右乗用車とA・B等が居らなかつた。

即ち本少年は右○松○子が○○学園高等部二年生であることも、その氏名も知らず只、Aの彼女で同人等が伴れて歩いて居るものとのみ考えて居つたのである。

そして翌一八日正午頃静岡市内の喫茶店に行つた際Aと右○松とが同所に居るのに出会い、A・B両名の希望により右○松をA・B両名と共に自己の自動車に同乗させたもので、その乗用車運転中初めて、同女の氏名と学校名とを話されて、これを知つたものである。(本少年の前記供述調書、A・B・○松○子の各警察吏に対する供述調書参照)

その以後は本少年はAの彼の女として同人の依頼により自己の乗用車に同乗させ、これを運転していたもので、本少年には前掲静岡県条例にいわゆる保護者の委託又は承諾を受けることなく、正当の事由もなく同女をつれ歩いたという事実の認識は全くなく、同条例違反の非行があつたと認定した原決定はこの点において重大な事実の誤認があるものというべきである。

次に(二)の点であるが、被害者○部○久の同年五月二三日付、Bの同月三〇日付、○木○奈○の同月二四日付、本少年の同月二五日付警察吏に対する供述調書の記載を綜合すると右AとBが「自動車を友人から借受けて来ると申残して、その友人である○部○久方に行き、同人所有のスズキフロンテを明日返す。その代り少年所有のカローラスプリンターを置いて行くから右スズキフロンテを貸して呉れ」と申向けて、これを借り受けて来たもので、少年はこの事実を知らず単に借り受けて来たものと思い、これを運転中、AとBが車中で「うまいこといつて車を借りて来た。明日返すといつて来たが、返さんでも良い」というのを聞き少年は初めて右両名がだまして車を借りて来たということを知つたもので、自己所有のより高価なカローラスプリンターを犠牲にしてまでもスズキフロンテを騙取する意思のないことは事理の当然であり、これを詐欺の共犯行為と認定した原決定はこの点に事実誤認ありというべきである。

第二の点について

(一) 本少年には非行の前歴がない。但しかつて、三方学園に入園させられたことがあるが、非行のためではなく、保護者が勉強嫌いの少年を矯正するため入園させたものである。

(二) 本少年は保護者N・Hの長男で、同保護者は中流以上の篤農家であり、○○中学のPTAの厚生委員、○○土地改良の委員長を兼ね、田四反・畑六反(茶園)、山林二町歩を所有し、年収三百万円以上を挙げ、将来は少年として家業の農業を継がせる覚悟であり、少年も亦前非を悔い農業に専念することを決意しており。

(三) 右保護者は本件各被害者に申訳ないとし、未送致の分である業務上過失傷害窃盗の被害者までも含めて金員を支払つて示談し、(末尾添付の示談書写参照)盗品の入質先には借受け金を弁償し(同その旨の領収証写参照)少年等が借り受けたレンタカーについても之を弁償し(その旨の計算書写参照)これにより全ての被害者と目されるものへの弁償を済ませて居る事実。

(四) 係り調査官も保護処分に付するを相当とする者の意見を述べていること

(五) 原審は少年よりも非行為の情の重い共犯者Bに対して試験観察処分に付している。等を彼比対照するときは、本少年に対しては保護観察処分に付し、これを保護者の厳重な監督下に置き、保護司をしてこれを善導せしめるが適当であり、かくて少年として更正せしめることこそ少年法の精神に添うものと思料されるので、原決定の処分は著しく不当なものと考えられる故、是非同決定を取消し相当のご処分あらんことを切望するものである。

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